2009年6月27日土曜日

NO MORE HIBAKUSHA



ヒバクシャとは?

ヒバクシャには被爆者と被曝者がいます。

  【一般的に「被爆」は核爆弾による被害を受ける事を指し、英語でも「Hibaku」は同じ意味で使われる。よく似た言葉に「被曝」があるが、こちらは放射能(放射線)にさらされた場合を指す(詳しくは『被曝』の項目を参照のこと)。厳密にいえば、核爆弾による直接攻撃を受けた者は「被爆者」、直接の被害は受けず、核爆発に伴う残留放射能を浴びた物は「被曝者」である。】(Wikipediaより)

英語のHibakushaは、「被爆」も「被曝」も同じ。

『ノー・モア・ヒバクシャ』というNHKのサイトが立ち上がったそうです。

是非、覗いてみてください。

2009年6月26日金曜日

もしも、東京に・・・



今年の4月に東京大空襲・戦災資料センターへ訪問してきたのですが、もしこの新聞記事のようなことが起きていたら・・・。

東京もヒロシマやナガサキのように「トーキョー」とカタカナに記載されていたかもしれません。

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東京を化学兵器で空襲…英軍、第2次大戦で検討

【ロンドン=鶴原徹也】第2次大戦中、英軍の化学兵器開発部門で東京を化学兵器で空襲する作戦案が検討されていたことが25日、英公文書館の公表した機密文書で明らかになった。

米軍に対して、東京毒ガス攻撃を非公式に提言した可能性もある。

文書は、英軍需省(当時)化学兵器委員会分科会座長会議の備忘録。1944年5月25日、同26日の二つの押印があり、「ゴルドニ少将は米国での討議の報告で、東京への化学兵器攻撃の効果評価を試みるよう提言した」と記されている。

備忘録には、英専門家による「東京化学兵器攻撃」と題する44年5月8日付文書が添付されており、ここでは「東京の夏は高温多湿でマスタードガス使用に好条件。降雨時を避けて投下すれば最大の脅威となる」と指摘。

また、「神田、日本橋、京橋、本所、深川」など「人口密集地」は「木造の伝統的家屋が多く、可燃性が高い」と言及。空襲は「ホスゲンガス、マスタードガス、焼夷(しょうい)弾」の三つの選択肢があり、「ホスゲンガス使用の場合はかなりの死傷者を出す。マスタードガス使用の場合は密集地から人々を追い払い、数日後に焼夷弾を使用できよう」などとしている。

(2009年6月26日14時33分 読売新聞)

2009年6月25日木曜日

原爆症認定の新基準



賛否両論あるようですが、戦後64年の今、原爆症認定基準の拡大が決まりました。

長い時間をかけて闘ってこられた方々がいらっしゃるからこそ、このような運びになったと思います。最近、読んだあるブログに原子力のことが書いてありました。

原発や六ヶ所村の座り込みに行こう!という勧誘を受けるという方が、ふと、座り込みに行くのは電車?自動車?自転車?それとも歩き?と問うのです。徒歩以外は全て原子力が関わっている交通手段だと言い、原子力はどんなに反対しようとも私たちの生活に浸透しているのだと。もちろん、広島や長崎は繰り返してはいけないと書いてはありましたが、チェルノブイリの話が出て来ます。

チェルノブイリの立ち入り禁止区域にはまだ数十人の住民が住んでいて、原爆症になっていてもよいはずなのにまだ発病していないそうなのです。それはなぜか?取材した記者がこう残したそうです。「彼らはこの土地に住んでいる事をとても感謝していた。」 そしてブログは、人間は自分たちが思っているほど弱い存在ではないようですね、と括っていました。

この筆者には、広島、長崎へ行き、自分の目で見て欲しいと思いました。そして原爆症認定の裁判に目を、耳を傾けてもらいたいと願います。


◇原爆症認定の新基準

08年4月、被爆者の救済拡大と迅速化を目的に基準が緩和された。(1)爆心地から3・5キロ以内で被爆(2)投下から100時間以内に2キロ以内に立ち入り(3)100時間経過後~2週間、2キロ以内に1週間程度以上滞在--の該当者で、がんなど悪性腫瘍(しゅよう)、白血病、副甲状腺機能亢進(こうしん)症、白内障、心筋梗塞(こうそく)の5疾病は原則として認定。これらに該当しなくても、個別の事情を考慮して認定されることもあり、月約14万円の医療特別手当が支給される。

2009年6月14日日曜日

オバマジョリティと被爆3世の11歳の女の子


先月、5月のことになりますが、国連で核拡散防止条約(NPT)再検討会議の準備委員会が行われ、平和市長会議(Mayors for Peace)の代表として、秋葉広島市長と長崎田上市長が参加の為にNYに訪問しました。

秋葉市長は演説で「オバマジョリティ」というオバマ大統領とマジョリティ(多数派)という造語を用いて、4月のオバマ大統領のプラハ演説を讃えると共に、2020年までに核全廃を達成するというヒロシマ・ナガサキの目標の実現を求めました。

市長たちと同時に広島・長崎からも被爆者たちがNY入りし証言しましたが、その中に被爆3世の11歳の少女がいました。

その少女の証言をSGIにて聞く事が出来ました。おばあさんと一緒に証言活動を始めたという彼女は8歳の時、原因不明の腹痛に襲われ2週間ほど入院したそうです。彼女のお母さんは彼女が生まれる前に血小板が減る難病を患ったと言い、自分が今この世にいることに感謝していると話した。

知人が幾つかの高校で証言活動があり、その通訳として参加したのですが、自分たちとはほぼ同世代のこの少女の話には衝撃を受けていたとの事。知人は、被爆者たちが高齢化となっている今、これからは被爆者2世、3世が証言活動をしていく時代だと強く主張していました。

その証言から1ヶ月、広島では核兵器廃絶の「オバマジョリティー・キャンペーン」が始まるようです。

2009年3月16日月曜日

無事、成功に終わった『アトミック・フィールド』



ステージ・リーディング『アトミック・フィールド』、無事終了!とても好評でした。

物語は80年代のある南部の普通の家庭が舞台。肺ガンと診断された夫であり父親は原爆投下6週間後のナガサキへ入った元米兵、その後も約9年半海兵隊に所属。その間、核実験に参加していたことがあり、彼のガンはそれが原因ではないかと家族は驚きを隠せない。父親の秘密が明らかになると共にありふれた普通の家族に変化が起きていく・・・。

初めてこの台本を読んだ時に改めてアトミック・ソルジャーと呼ばれる人たちのことを知り、またヒロシマやナガサキだけでなく、米国にもヒバクシャがいて苦しんでいるということを知るきっかけとなりました。

リーディングは英語で行いましたが日本人の観客も多く参加しれくれました。

参加者の感想をいくつかご紹介します。


新たなアメリカ側からの被爆者の話を知れて大変勉強になりました。(匿名)

これは実話を元にしているのですか?もしそうなら、アメリカ人にも被爆者がいたなんて知らなかったので、とても興味深いです。とてもよく書けた台本だと思いました。俳優さんたちとても上手でした。(匿名)

戦争は誰も幸せにはしない。両者にはそれぞれの痛みがあることなど今日色々学ぶ事ができました。ありがとうございます。(女性:30代)

とても良いお話でした。もっと多くの人に見てもらいたいです。(匿名)

A very moving play. (匿名)

Very moving. Good acting. (匿名)

A good play. Made me think more. Good delivery overall, too. (匿名)

劇中にも触れられていたのが、軍に携った人たちが口外しないことを宣誓させられたということ。このようなヒバクシャたちは、ヒロシマやナガサキの人々のように声を上げて叫ぶ事が出来ずに苦しみ、また病んでいるのではないだろうか?その実態とは?!

勉強する課題の多いテーマの作品でした。

イベントに来てくださる方たちは必ず「これからも頑張って下さい」と励ましの言葉をかけて下さいます。継続する事に意義があり、また続ける事で人は私たちの真剣さを理解してくれるのかもしれないと思えました。

こうして、また小さな種を蒔きました。

2009年3月12日木曜日

伊藤明彦さんの軌跡



とても残念なお知らせが届きました。

『被爆者の声 HP管理人です。 こんにちは。
伊藤明彦さんが、3月3日 午後8時34分、お亡くなりになりました。』

伊藤さんは40年間にわたり全国の被爆者を訪ね取材を続けて被爆者の肉声を収録し、テープやCDに収めて施設や図書館に寄付をしていました。最近はボランティアの協力を得て、録音した肉声を文字に起こし、それをHPにて配信。その功績は昨年、吉川英治文化賞受賞して讃えられています。

『被爆者の声』のHPに出会った私は管理者の了解を得て、昨年10月に行った『Love&Peace:朗読と語り部の会』の中で被爆者の声を朗読という形で伝えましたた。最近の伊藤さんはビデオで被爆者を記録、世界に向けて聞いて欲しいという強い願いから、英語の話せる被爆者を取材していた聞きます。私の父代わりのような被爆者の方もその1人だということも伊藤さんの訃報を聞いて知りました。

私の心が震えるのは、伊藤さんが1970年に長崎放送を退社して自身の人生を被爆者たちの記録に捧げた事。記者という肩書きが無い中、自費で被爆者の取材を続け、その記録を図書館などに寄付するという行為は並大抵のことではありません。資金は昼間日雇いの仕事をして作り、夜に録音機を持って被爆者たちを訪問したのだそうです。

こんな人がこの世の中にいるなんて・・・。

私に出来る事はここニューヨークに住んでいる事を利用すること。伊藤さんの意志を継いで、収録されたビデオをいつか流したいと思います。

伊藤さんは8歳の時に長崎で被爆されていますが、こうやってまた一人、生き証人がこの世を去りました。被爆者の高齢化により、生の声を聞けるチャンスはだんだん少なくなっていきます。

機会があれば是非彼らの話に耳を傾けて欲しい。そして知って欲しい。

63年前の戦争がまだ続いている人たちがいるということを。

伊藤さんのご冥福を心からお祈りいたします。


被爆者の声HP
http://www.geocities.jp/s20hibaku/

伊藤さんの訃報と業績を伝える長崎放送
http://www2.nbc-nagasaki.co.jp/houdou/index.php?itemid=7034

2009年2月27日金曜日

Stage Reading "ATOMIC FIELD"

今年第一回目の活動はステージ・リーディングと決まりました。

アメリカの普通の家族が夫・父親が肺ガンになり、そこから彼の過去を家族が知り・・・。
この作品はアメリカ側からみた原爆投下、核実験の爪痕が描かれています。

苦しんでいる人はアメリカにもいる。

劇作家は現役大学教授。自身の家族をモデルに描いたという。

既に日本語訳の劇が東京で上演されているとのこと。

皆様のお越しをお待ちしています。

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New York Peace Film Festival in conjunction with Interborough Repertory Theater
presents


a reading of ATOMIC FIELD

a play by Kenneth Robbins


In 1985 as Howie Long dies of lung cancer, it is discovered by his family that
not only had he been stationed in Nagasaki after the atomic bombing but he was
also part of the nuclear testing program following the end of WWII.

Directed by Jonathan Fluck
with
Robert Grant, Kate Haggerty*, Mami Kimura, Cynthia Shaw
Cash Tilton, Sarah M. Wilson*, Ryosuke Yamada
*Actors Appear Courtesy of Actors Equity Association

Interborough Repertory Theater
154 Christopher Street, #3B, New York, NY 10014

Sat. March, 14, 2009 at 7:00PM (doors open at 6:45pm)
Reception starts immediately after the reading

FREE and open to the public: Seeting is limited
Reservations: nypeacefilmfestival@gmail.com / 212-592-3311(Hotline)